阿蘇と蘇我 ~我蘇る

阿蘇と蘇我 ~我蘇る

天照大御神は瀬織津姫説がありますが、内宮に五十鈴川があるので、川の女神瀬織津姫が荒魂と言われる由縁かもしれない。これは鎌倉末期の外宮の禰宜・渡会家行によって唱えられた「伊勢神道」という説から来ている。

 

外宮の豊受大神を「天御中主神」や「国常立尊」と同一視し、内宮の天照大御神と同格、またはしのぐ最高神として、外宮の地位引き上げを唱えたもの。

そして仏教、儒教、老荘思想、陰陽五行説など、中国思想の影響を強く受けながら、素朴な原始宗教であった神道を、一神教による宗教化により、仏教勢力に対抗する基盤を作ろうとした。

 

ここで、豊受大神に卑弥呼の影を感じ、卑弥呼が中国との外交によって地位を盤石なものにし、中国に頼って邪馬台国の権勢を強めようとしたことを思い出す。卑弥呼にしても、豊受大神にしても、「中国の後光」が女神たちの地位を押し上げている。天照大御神がいるので流石に「太陽神」とは言わないが、「天御中主神」や「国常立尊」は、この世や国の創造神であり、天照大御神に匹敵するかそれ以上である。一種のクーデターである。

 

瓊瓊杵尊の母親を豊受大神の孫とし、豊受大神を皇統に組み込んだ。瓊瓊杵尊は九州に降り立った神なので、やはり豊受大神は卑弥呼のように九州がルーツで、卑弥呼なのかもしれないと思う。

 

豊受大神を天照大御神より崇めよという伊勢神道の迫力にビビってしまうけれど、はるか昔から、伊勢神宮という国家神道の象徴にも争いの火種が燻っていたのだなと思う。「天御中主神」や「国常立尊」となると、もはや男神だと思うのだが。

 

天照大御神も太陽神なので男神とも言われたりするけど、内宮には五十鈴川があり、傷ついて洞窟に籠ってしまうようなキャラなので、やはり女神であるなと思う。太陽神だから、「伊勢神道」では「火」とされ、豊受大神を「水」としているけども。

 

私は天照大御神の太陽神話と五十鈴川の水を合わせ、日と水で「カミ(神)」になっているのかなと思う。

 

 

瀬織津姫は川の女神ということもあり、全国各地津々浦々に神社がある。なのになぜか佐賀・熊本・沖縄にだけないのだ...

 

佐賀は宗像の三女神の一人が瀬織津姫と考えられており、佐賀には宗像系の神社がある。

 

でも熊本には瀬織津姫の痕跡もなく、瀬織津姫空白地帯となっている。

 

 

熊本は水の国でもあり、水源が豊富な阿蘇山がある。

水の女神は、ミヅハノメ、雨宮姫蒲池姫という女神がいる。 
 
雨宮というのがここにもいたのかと。蒲池姓は新卒の職場の先輩だった。 

Who is Cathedral Cave?


 
水源である阿蘇山にも「阿蘇都媛」という女神がいるので、阿蘇山という巨大な水源のある熊本では、瀬織津姫が入る隙はなかったのかも。

 

阿蘇都媛には「阿蘇都彦」という夫がいるのだけども、元は「健磐龍命」といって、神武天皇の孫であった。 

 

健磐龍命は「神武天皇」と「媛蹈鞴五十鈴媛命」との息子「神八井耳命」の息子であるから、神武天皇の孫である。神武天皇に飛ばされて、日向から阿蘇に入り、阿蘇都媛を娶って、阿蘇を平定した。
 
「阿蘇神社」「幣立神宮」の御祭神なのだが、熊本地震前夜に幣立神宮を調べていたそういえば。
 

ちなみに阿蘇神社とか地元では「雨宮姫」「蒲池姫」は同神で、「健磐龍命」の娘とされている。

 

蒲池姓といえば、蒲池法子ちゃんで松田聖子ちゃんである。
蒲池族は九州で名家と聞くのは、柳川城主の蒲池家の血統=お殿様だったせいか。ご先祖は熊本から佐賀平野の福岡に下ったのだろうか。

 

wikiを読んでてちょっと面白いなと思ったのが


健磐龍命は阿蘇一帯を統治して、神武天皇93年丙午8月15日に107歳で薨じた。

とあり、今年が丙午だということ。8月は丙月。

 

日本書紀では、

阿蘇都媛は阿蘇都彦が「吾二人在り。何ぞ人無らんや。(阿蘇には我々二人がいる。誰もいないわけじゃない)と言った。ゆえにその国をなづけて阿蘇といったという。


神武の孫が阿蘇の神となった。
邪魔になって熊襲討伐に飛ばされた日本武尊のようにだけども。

 

 

熊本地震の時、地震前に自分のルーツや幣立神宮を見つけてたり、愛子様のニュースが流れてシンクロしていたりしたので、まさか霊的に関与しているのではと心配になったこども。去年の東京を襲った予言の反射なのかと思ったり。

あまり大きな声では言えないが、もう言っているも同然だけども、チッソの孫である皇后に対する熊本県民の怒りは消えておらず、ずっと休養が必要だったのも、公務をすると体調を崩すからではと思う。

去年の予言は九州の南のトカラ列島が震源だったので、九州から皇居のある東京へ、何かが向かっている気がした。

 

でも私のせいではなかった。熊本の地震は狼煙だったのだ。阿蘇の阿は「吾二人」の「吾」であり、吾=我で、阿蘇は「我蘇」だと。そのように書いているブログを見つけて、半月後に千葉の蘇我に大雨が降って、豪雨災害に見舞われたことを思い出した。

 

今年の夏、丙午年は、熊本の地震と千葉の豪雨。

阿蘇と蘇我

「我蘇る」なのである。

 

 

 

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